LOGIN粉々になった石像の残骸の中、直美が鼻歌を歌いながら陽気に突っ走る。
「ルンルルン♪ ルンルルン♪」
目の前に二体の石像が現れ、直美の行く手を遮る。
「おおおおりゃああああああああっ!」
直美はすかさず一体の顔面に正拳の三連打をかまし、ひるんだ隙にもう一体の石像に蹴りを見舞った。
ボロボロと石像たちが崩れていく。
顔面のなくなった石像に、直美は飛び上がって胸目掛けて膝蹴りを食らわした。
「楽勝楽勝!」
狂喜に瞳を輝かせながら、直美がひた走る。
いきなり建物の陰から現れた石像がタックルをきめ、直美がバランスを崩して倒れた。
「やるやん、石像」
ニタリと笑った直美が、すかさずエルボーを頬に叩き込む。
顔面に亀裂が入り、直美を掴んでいた腕の力が緩んでくる。
それを直美は見逃さず、膝を何度も腹にぶち当てた。
最後に腕を掴んで力任せに握ると、何と腕が粉々に砕けた。
「ふうっ」
一呼吸入れ、直美が立ち上がる。
「動きもとろいし分散してるし、そやけど叩き壊す時の手応えはしっかりあって……やっぱ最高やんか!
さあ、ほんだらいてこましてみよか。一遍してみたかったもんね。試さんと絶対後悔しそうやし」
そう言って直美が柔軟体操を始めた。
そうしている内に、不気味なうなり声と共に新たな石像が現れた。
ファイティングポーズをとった直美は、軽やかなステップを踏みながら石像に向かった。
そして素早く石像のバックを取ると、両腕で腹を抱えた。
「バックドロップはへそで投げる!」
その声と同時に、一気に石像を後ろに投げ飛ばした。
「おおおおおおおぅりゃああああああっ!」
見事に技がきまり、石像の首がアスファルトに叩きつけられた。
「やたっ!」
直美が歓声をあげた。
「一遍でええから本気で投げてみたかったんよね。さあどない、まだ立てる?」
腰を落とし、再びファイティングポーズをとりながら直美が笑う。
「おっ……」
動きが止まった様に見えた石像が、ゆっくりと起き上がる。
首の辺りに亀裂が入っていた。
「あんたも石像のはしくれ、そうやないとね。ほんだらこれは……どうや!」
素早く間合いに入った直美が、今度は正面から組み合った。
石像の腕を首にかけると、そのまま一気に持ち上げる。
ブレーンバスターである。
「うおおおおおおおおっ!」
石像を上げきった直美はしばらくその体勢を維持、滞空時間を取ってから一気に垂直落下で地面に叩きつけた。
全体重をアスファルトに叩きつけられた頭部が、粉々に砕ける。
複数の石像が近付いてくる。
直美は群れに突進し、次々とプロレス技をしかけていった。
パワーボム、フルネルソンスープレックス、DDTと、技がきまるたびに雄たけびをあげる。
しかし掴んでは投げ、掴んでは投げても次々と襲ってくる石像に、流石の直美も打撃に転じざるを得なくなった。
「はっ!」
猫の様にしなやかに跳んだ直美の膝が、顔面を砕く。
正拳を入れる、頭突きを入れる。
直美の怒涛の攻撃によって、辺りは石像の残骸の山が築かれていった。
* * *
辺りの石像を一掃し、砂埃の中で仁王立ちした直美が、感慨深げにつぶやいた。
「プロレス技は2・3体同時が限界か……こんな状況やったら、やっぱ打撃やね」
瞳は相変わらず爛々と輝いている。
直美はこの戦地に立てている事に、心から満足していた。
「!」
直美が背後に気配を感じ、SIGを素早く抜き取った。
ターゲットに照準を合わせると同時にトリガーを引く。
しかし、本田が「絶対にジャムらない」と豪語していたSIGがジャムり、薬莢がチャンバーに挟まり垂直に立ってしまった。
「ふんっ……!」
サイトを微動だにさせず、素早く動いた左手が薬莢を弾き飛ばす。
薬莢が宙に弧を描く。
そして次の瞬間、再び人差し指がトリガーを引いた。
ボンボンボンッ!
石像が銃弾で怯む。
直美は腰を屈め、両手を握り締めて吠えた。
「うおおおおおおおおおおおっ!」
直美の上腕二頭筋が見る見る膨張していく。
力をためにためた直美はニタリと笑い、石像に向って突進した。
「おおおおおおおりゃああああああっ!」
右腕を伸ばし、石像にラリアットをかますと、石像の首が吹っ飛んだ。
「ええよ……ええよええよええよ! もっとかかっといで!」
直美が更なる獲物を求め、市街を走っていった。
* * *
健太郎たちは苦戦していた。
彼らは移動の手段として、まず車を狙った。
しかし、ドアをこじ開けようとするたびに聞こえる、バカでかい警報に驚いて逃げる坂口のせいで、奪取ははかどらなかった。
ようやく乗り込めても、なぜかどの車もバッテリーが死んでいて、車での移動は無理と結論付けざるを得なかった。
次に健太郎は自転車に目をつけた。
しかしこれは、自転車に乗れない坂口の強い反対により、あえなく却下された。
「んなもん坂口さん、チャリも乗れんと大阪で、今までどないして生活してたんですかっ!」
「ん~、痛いところを突かれたな。僕はこけるもんには近寄らん主義やからな。まぁええやん、天気もええし、ぼちぼち歩いて行こうや」
「空は曇ってまっ! 大体石像が襲ってきてますのに、花見遊山みたいに歩いてられまっかいな! 頼みますから乗ってください!」
「いや、もしこけて骨でも折ったらそれこそ本末転倒や。そう怒らんとぼちぼち行こや」
「遠足に来てるんちゃいまっ!」
「山本君、そんなに怒ってたら寿命縮むで」
「があああああああああっ!」
「まぁそうカリカリせんと」
「がぎぎぎぎ……はぁ、はぁ……わ、分かりました。僕がこぎますから、坂口さんは後ろに乗ってください」
「いや、二人乗りは交通違反や」
「けーさつは今、おりまへんっ!」
健太郎が頭をかきむしって絶叫する。
しかし坂口はおかまいなく、マイペースに話す。
「いや、こう言う時やからこそ法律は守らなあかん。非常時にこそ、僕ら国民は身を律していくべきや。それに僕は後ろにも乗ったことないし。まぁええやん、歩いて行こ。時間には間に合うから」
「ぐおおおおおおおおっ!」
二人の応酬を傍らで聞きながら、藤原は頭を抱えていた。
(二人共、状況分かっとるんかいな……掛け合い漫才しとる場合とちゃうんやで……)
半年後。戦いは終わった。数百万の犠牲を払った大阪に、少しずつ活気が戻りつつあった。事件の真相は当然、誰にも分からない。全てを理解しているのは、藤原と涼子だけ。そして二人が、それを口外する事はなかった。* * *徘徊していた数百万にも及ぶ石像たちは皆、元の姿に戻っていた。しかし坂口の言っていた、「首謀者を倒せば、呪いが解けて皆が助かる」と言う言葉は、残酷な答えとなって返っていた。確かに元の姿に戻りはしたが、脳味噌を排出した人々が再び蘇生する事はない。市内は数百万人の死体の山、ゴーストタウンと化していた。学者たちは頭を悩ませ、連日この惨劇を巡っての議論が続いた。だが誰一人として、答えにたどり着くものはいなかった。藤原は思っていた。(呪いからは解き放たれた……魂っちゅうもんがあるんやったら、みんな、安らかな眠りについた筈や……そうや、絶対そうや……)* * *雲ひとつない透き通る青空を、ベンチに座って見つめている藤原と涼子。藤原が涼子の頭を優しく撫でた。「お兄ちゃん、屁たれにだけはなりたくないね」涼
爆発が起こった。衝撃で部屋が揺れる。「なるほど……健太郎さんにしては、なかなか格好いい最後だったようですね、ふはははははははっ!」「くっ……健っ……!」素早くマガジンチェンジを行い、藤原が雄介目掛けて発砲する。その藤原の体を、雄介の鋭い視線が容赦なく切り刻んでいく。* * *その時、爆発音に妖しい眠りから覚めた涼子の視界に、雄介と戦う藤原の姿が映った。「……お……お兄ちゃん……」涼子が体に巻かれたコードを外そうとあがく。幸いにもコードは緩く締められていて、何度か試みている内に外す事が出来た。―涼子の目に、床に転がる鉈が映った。涼子が鉈を手に取り、ゆっくりと立ち上がった。「ふはははははははっ! 藤原君、そろそろお別れの時ですね! 僕を裏切った事、あの世で後悔してください!」涼子が鉈を振りかざし、雄介の後ろに立った。藤原は壁にもたれかかり、諦めきった表情で両腕をだらんと下ろした。「よりによって、屁たれのクソダコに殺られるとはな……」「死ねっ!」その時だった。「やああああああああっ!」
雄介が拳を握り締め、わなわなと肩を震わせた。レースでよく見えないが、泣いている様に見えた。そしてしばらくすると天を仰ぎ、藤原への思いを断ち切る様に笑い出した。「あっはっはっはっ!」虚しい笑い声が、室内に響く。「分かりました……僕には……僕には友達なんかいなかったと言う事ですね……じゃあ僕は何ら遠慮する事なく、この力を持って世界の頂点に登ります……やはり頂点は一人なんですね……まずは健太郎さん、あなたです……あなたには最高の舞台を用意しましょう……直美さんっ!」「何……直美ちゃん、やと……」雄介の声にバスルームの扉が開き、中から直美がゆらりと姿を現した。「直美ちゃん……無事やったんかえっ!」「待て健」身を乗り出して叫ぶ健太郎を、藤原が制した。「よお見てみい、目が死んどる」「な、直美ちゃん……」「彼女はもう、僕の忠実な下僕です。彼女の能力は素晴らしい物です。石像にしてしまうには余りにも惜しい、そう思いましてね。彼女にはその姿のまま、僕の番犬になってもらったんです。さあ直美さん! まずは健太郎さんを殺して下さい!」その声に、直美の肩がピクリと動いた。&nbs
10分後。「ええ加減にさらさんかえこのボケッ!」健太郎が藤原の後頭部を張り倒した。「ごっ……!」衝撃で目から火を出した藤原が、思わずうなる。そして静かに、大きく深呼吸すると手を挙げ、二人に言った。「すまん、ちょっとタイムや……」ポケットから煙草を取り出し、くわえて火をつける。「ふううううぅっ……」白い息を吐き、眉間に皺を寄せ、天を仰ぐ。「……よし、もう大丈夫や……いわちゃき、いや、岩崎雄介やな、分かった……」煙草を床に捨て、踏み消した。「……そやけど、岩崎雄介……そんなやつ、俺知らんぞ。訳の分からん事ぬかしやがって……それも人の事、馴れ馴れしぃ呼びくさって」「正気に戻ったかえ。そやけどちょっと待てや、その話は後や。おえ屁たれ! 先に俺が質問するっ! お前がどないして、そんな訳の分からん能力を得たんか、まずはそっからや! さあ、答えたらんかえっ!」健太郎が雄介にショットガンを向けて吠えた。健太郎の問いに、思考が停止していた雄介もようやく我に帰った。「……い、いいでしょう&
銃を構えた藤原が、部屋に足を踏み入れたその時だった。「藤原、目えつむれっ! やっぱしやつはゴーゴンの力を持っとった! 顔見たら石にされてまうぞっ!」健太郎が大声で叫んだ。「……分かった」藤原が静かにうなずき目をつむり、安眠マスクをしようとした。その時だった。「藤原君! 心配しなくていいよ! 君に危害を加える様な事は絶対にしない! する訳ないじゃない! さあ、目を開けて!」雄介の狂喜する声が響いた。「何を! 騙されるかえっ!」「……大丈夫、僕は顔にレースをかけます。そうすれば石になる事はありません。健太郎さんも大丈夫ですよ、マスクを取ってください」藤原が恐る恐る、ゆっくりと目を開けた。すると雄介の言う通り、彼は顔に黒いレースをかけていた。頭にはシュルシュルと蛇が動いているのが見える。「おい健、大丈夫や。お前も目ぇ開けろ」藤原の声に、健太郎も安眠マスクをゆっくり外した。「……」藤原には、所狭しと張られている自分の写真、散乱しているコードや倒れている涼子の姿は見えなかった。彼の目に映ったもの。それはその場に転がっている、坂口の無残な生首だった。「坂口さんも……やられたんか……」「お
13階でドアが開いた。ショットガンを突き出しながら、健太郎が素早く左右に目を這わせた。坂口は十字架を天高く掲げ、健太郎に続く。その時、またあの声が聞こえてきた。「心配ありませんよ……ここに石像はいません……いるのは僕だけです……」「くっ……こんガキ、とことん挑発してけつかる……まあええ、行ったろやないかえっ!」健太郎が吠え、大股で藤原の部屋に向かった。声の主の言う通り、石像に遭遇する事無く、二人は藤原の部屋の前に立った。健太郎と坂口が顔を見合わせ、互いにうなずく。その時、玄関のドアが静かに開いた。「坂口さん、行きまっせ!」「分かった!」二人が同時に足を踏み入れる。「な……」健太郎が我が目を疑う。そこは既に、健太郎が知る藤原の家ではなくなっていた。バスルーム以外の壁が全てなくなっており、3LDKの部屋が大きな一室になっていた。そして至る所に、藤原の写真が所狭しと貼られていた。「な……なんじゃこの部屋は……藤原、藤原だらけやないか……あいつ、こないナルシストやったんかいな&hellip